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  「退院後その2」は乳腺のお話です⁡。
ドラムロールを鳴らす間もなく発表された病理検査結果告知を受けた翌日は⁡乳腺科へ⁡。もう何年も前にしこりは自分で発見していて⁡、診察も受けていました⁡。別の病院で。

⁡  その時のお話もしておきます⁡。
まずマンモしてーーー⁡マンモ⁡。痛いとよく聞くマンモ⁡。恐れていたのですが全く痛くなく⁡。これ多分、胸が余りにも小さすぎて無痛だったのだと思います⁡。大きいと潰さなきゃならないから⁡。で、無痛だったわ、楽勝!⁡となっていたらその後⁡、組織を取るとか言って銀色の⁡、馬に使うみたいなでっかくて太い注射器を胸に刺されたのです⁡。馬に使う注射器見たことないけど⁡。

⁡  刺されただけでも痛かったのですが⁡、刺したまま先生は⁡、
「あれ?ちょっとズレたな」等と言いながら⁡グリグリ針を動かすではありませんか⁡。泣いた⁡。ベッドに横になるわたくしの目から流れた涙は⁡、耳の穴に入りましたとも⁡。
⁡ 終わってから⁡、
「何か質問はありますか?」と先生は仰いました⁡。
「痛すぎて何も思い付きません」と答えたところ⁡、先生と看護師さんに笑われる、という⁡。⁡その後出た結果は良性で、ただ今後も検診をちゃんと受けるようにと言われたのでありました⁡。

⁡  が、受けていませんでした⁡検診。その、しこりが子宮筋腫のCTを撮った際⁡、気になる点として上がってきたのです⁡。それが半年くらい前だったのかな?⁡触診とエコーのみ受けて⁡半年後の経過観察が⁡、Tナカ先生の診察の翌日だったのです⁡

⁡  退院後の診察の予約を取る際、乳腺の予定が自分の診察の翌日である火曜日に入っているのを見て⁡、
「連日になっちゃいますが」とTナカ先生が仰ったので⁡、
「同じ日にしてください」と言ってみたら⁡、
「僕、月曜日なので無理です」⁡
「そうですよね」と言う訳で連日の病院通いです⁡。

⁡  乳腺ではまた、触診とエコー⁡。エコーがね、苦手なのです⁡。ゼリー塗られて何か固い器具でグリグリされるやつ⁡。 もうくすぐったくて⁡。
 この日も耐えに耐えました⁡。でも我慢しきれず笑っちゃいました⁡。
「ごめんなさい、くすぐったくて」⁡
すると、Tミタ先生から意外な一言が返ってきました⁡。
「若いですね」⁡因みにTミタ先生は⁡20代にしか見えない、ツヤツヤの可愛い女性です⁡。本物の、若さです⁡。⁡ツヤツヤTミタ先生曰く⁡、
「10代の患者さんなんか、笑っちゃって診察にならないことがあるんですよ」⁡そうなのか⁡。わたくしの皮膚感覚は、フレッシュ⁡。ということにしておきましょう⁡。
 そう言えば昔、漢方医にかかっていたのですが。そのとき、くすぐったがりも度が過ぎると異常なんだと、言われました。漢方医の診察は、お腹を必ず揉まれるのですがもちろん、笑っちゃうし、堪えるからぐっとお腹に力が入っちゃうしで、先生は
「何も、分からん。」と、仰っていました。
⁡ お話戻って、しこりは、半年前と比べて形状に変化ナシと言っていいとのこと⁡。1年後にマンモしましょう、ということになりました⁡。

⁡  体内に、しこりができやすい体質なのね⁡。しかし⁡、子宮にしろ胸にしろ⁡、女性の象徴とされる部品⁡。そこを武器にすることもなく過ごしてきたのに⁡(過ごしてきたからこそ、とも言えるのだけれど)⁡、難を受けてしまうのが、解せないわぁ⁡。

 あと、ここへ来てまたTが付く先生が登場。わたくしを巡る4Tドクターズ。




 退院して2週間弱経った頃、診察がありました。内臓を取っちゃった後は終わった感が強くて忘れていたのですが、病理検査の結果をこの日、聞くことになっています。要するに、ガンか否か。聞く前に心の中で、ドラムロールを鳴らそうと決めていました。

 番号が呼ばれ、診察室の引戸を開けた瞬間、
「ガンじゃありませんでしたーっ!」T、Tナカ先生…。
早いよ。ドラムロール鳴らす、一瞬のスキも無かったよ。いや、一刻も早く知らせてあげようという、Tナカ先生の優しさです。
「お、う、良かったです」

 そしてわたくしお待ちかねの画像を見せてくださいました。ポーカーフェイス・イTオ先生を思い出しつつ、見る (イTオ先生については1つ前の投稿をご覧ください)。しかし、正常な生子宮の様子を知らないわたくしには正直、その異様さをイTオ先生と同じレベルで理解出来ません。残念すぎる。先生達と同じ解像度で見たい。

 筋腫は子宮の外に出来ていたのですが、子宮より大きく成長していました。正面からの画像と後ろからの画像を見せて貰い、
「写真撮っていいですよー」
「はーい」と、2枚、撮りました。しかし、おうちに帰って改めて見るとモアレってた。次回2月の検診のとき改めて 撮り直しさせて貰いましょう。

子宮と筋腫
自分だったものだけれど
宇宙の生き物のようです
『遊星からの物体X』
映画のタイトルが浮かびますがこの映画、未見です

 この頃はまだ、痛み止めが欠かせなくて処方してくれるように頼みました。
「分かりました。じゃ、特別にどーんと30日分プレゼントします!」
「ありがとうございます」と、答えたものの、お、や?支払うのはわたくしです。そう、Tナカ先生に述べてみたら
「そうですね!プレゼントじゃないです」ズコーッて、なる。

 まだほんの少し出血があったものの⁡内診も異常なく⁡
「傷口もキレイです」と言って貰えました。これでキレイなんだな、と思うスーッと入った切り込みラインの周りはみよみよと波打っています。溶ける糸なので抜糸はしません。
 術後に貼って貰ったテープが取れてからはシリコンテープを貼っています。朝晩2回、自分でブレンドしたオイルを塗って、
「傷痕さん、残るな~」と唱えています。
「傷痕は残ります」と、イTオ先生に無表情で宣言されましたけどね。




 退院の日です⁡。基本は10時半退院なのですが⁡、家族の迎えの都合で14時にして貰いました⁡。
⁡1人でもおうちまで帰れる⁡と思っていたのですが⁡、スーツケースを引くのが無理かも、と⁡迎えを頼むことに。腹筋というのは⁡、ちょっとしたことにも使われてることを、知りました⁡。

⁡  昼過ぎ退院ということで⁡、
「お昼ごはん、どうされますか~」と、看護師さんに聞かれました⁡。
「うーん、食べて帰ります」⁡
「ご飯、美味しいですか?」と問われて改めて、考えます⁡。
⁡不味くはありません⁡。が、美味しくもない⁡。のだけどそれは⁡、食器が味気なかったり⁡、お隣のベッドとの仕切りカーテンを眺めながらのお食事だから、というのが大きな原因のような気がします。違った環境で食べれば美味しかったのではないでしょうか⁡。

⁡  退院後の生活についての説明もありました⁡。看護師さんがプリントを見ながら読み上げてくれます⁡。
「お腹に布団を掛けないようにして」と⁡。え?ずっと掛けてたけど?⁡掛けなかったらポンポン冷えちゃう⁡、となっていたら⁡、
「あ、間違えました⁡。お腹に負担をかけないようにして、お布団の上げ下ろし等はしないでください。」⁡わ、わ、笑うと腹筋使うから~⁡。
「やだ、もうお腹痛いですぅ。」鉄板か?!これ、同じ状況の患者に毎回言ってるんでしょ?⁡

⁡   笑うのも辛かったけれど、それより辛かったのは⁡、くしゃみ⁡。もうくしゃみは痛みが破壊的⁡。
⁡ くしゃみを止めるには太陽を見ると良い、て誰か言ってたのを思い出し⁡、太陽が見えるときは太陽を⁡。見えないときは蛍光灯の光を⁡見ていました⁡。すると、見事に止まる⁡。
⁡ そう。止まっていたのですが⁡。今改めて調べるてみたら⁡、太陽を見るとくしゃみが出る、そうなのです⁡。その名も「光くしゃみ反射」⁡
 なぜ、わたくしのくしゃみは光を見ることによって止まっていたのでょう?⁡プラシーボ的な?⁡
⁡ 話戻ってプリントには⁡”性生活について”という項目もあり⁡、なかなかに生々しい記述⁡でちょっと引く⁡。

⁡  Tナカ先生とイTオ先生もベッドの横に揃い踏み。⁡
「そう言えば、取ったものの写真を見せてくれると仰っていましたが、次の診察のときに見せて頂けますか?」手術前の診察のときに、取ったものを見たいと言ったら、実物は直ぐに病理に回すから見られないけれど写真なら良いですよ、と聞いていたのです⁡。
「そうですね、次の診察のときに!」とTナカ先生⁡。そしてそれを聞いた、常にポーカーフェイスのイTオ先生が、
「あれは衝撃かも」とニヤリとし、嬉しそうな声音で仰います⁡。(あ、感情がある)思わず心の中で言いました。このときが、彼の感情が見えた、最初で最後でした。

⁡  その後、イTオ先生のみが残って⁡質問に答えてくださいました⁡。
 ⁡傷口にはまだ⁡、手術のときのテープが貼られたままです。 幾らか剥がれて来たら全部自分で剥がして⁡好みのテープに貼り換えます。、と、いうことは⁡、傷の全容と1人で、向き合わなければならないということです⁡。
⁡「傷を見て、悲しい気持ちになったらどうしたら良いですか?」イTオ先生に聞いてみます⁡。いつものポーカーフェイスで間髪いれず⁡、
「誰か解り合える人と一緒に過ごしてください」⁡
「はい」⁡
 幸い⁡、その後1人で傷を見たとき悲しい気持ちにはなりませんでしたが⁡、”誰か解り合える人と一緒に過ごしてください“⁡。なかなかロマンチックなフレーズだと思うのですが⁡、無表情&無感情過ぎて何だか⁡面白かったのよ⁡。

⁡  そして無事⁡、家に戻ったのでありました⁡。駅から自宅まで⁡歩いて5分程のなのですがあの日は⁡倍はかかりました⁡。手術から2ヶ月弱たった今⁡、ほぼ毎朝のスロジョグもトテトテ、難なく続けています。2~3週間前でしたか久々に、お腹が痛かったのですが多分⁡、手術前まで日課だったスクワットを⁡久し振りにしたせいです⁡。まだ早かったのか⁡、単に久し振りだったから筋肉痛なのかは⁡分かりません⁡。

⁡ お腹を掻っ捌いて5日で退院できる⁡。
今やほとんど以前と変わらず生活している。
人間の回復力に驚かされます⁡。

⁡  入院と手術に関わってくださった沢山の先生と看護師さん⁡。手術のキロクを読んでくださった皆さま⁡。ありがとうございます⁡。あと、退院後の診察と、なぜ手術をずっと⁡渋っていたのかも記しておきたいと考えています⁡。 もちょっとお付き合い⁡くださいませ⁡。




 術後4日目となると歩くときも⁡背筋を伸ばしそこそこの早さで歩けます ⁡。通常に比べれば⁡半分程の早さではありますが⁡。

⁡  廊下をお散歩していたら⁡向こうからやってきた執刀医のTコロ先生が⁡、
「スタスタ歩けてますね!」と挨拶してくださるので⁡、
「うふ」と答えたり⁡、ナースステーションにいらっしゃる受付のお姉さんに⁡、
「姿勢いいわねー」と誉められたり⁡。

⁡  お腹を庇って背中丸めていると⁡、その、縮んだ形で傷口が固まっちまうのではないかと思って⁡、あと、⁡病人然と見られたくないと⁡、入院患者のクセに思ったりして背筋を伸ばすようにしていました⁡。

⁡  書き忘れいましたが術後3日目⁡Tナカ先生が⁡、
「僕、いつ退院て言ってましたっけ?」と⁡わたくしに問うてきました⁡。
「診察のとき頂いた紙には4~5日と書いてありましたがその後、”4日はないな“て仰ってましたよ」⁡
「そうですね。じゃ、火曜日退院ですね⁡。明日、退院前の診察しましょう」⁡
そんな感じ~?⁡

⁡  とにかく翌日には退院のこの日術後4日目⁡。看護師さんにお礼を伝えておきたくて⁡、お忙しい中を担当看護師のYシタさんにちょっと⁡、雑談にお付き合いして頂く⁡。

⁡  「そう言えば、病室へは何時頃帰ってきたのですか?」と聞くと⁡、
「5時頃でした⁡。皆で、まだかなぁ、て待っていました」とのこと⁡。
⁡ 12時に手術が終わる予定でしたから⁡、戻りももっと早く予定されていたのでしょう⁡。”待っていました“という言葉に⁡”待っててくれたんだ!”と、なんかちょっと、意味が違うような気がしつつも嬉しくなるわたくし⁡。

⁡  病室に帰ってきて震えるわたくしに電気毛布をかけてくれたこと⁡。
一晩中何度も⁡寝返り打たせに来てくれたこと ⁡。
あと、多分夜中⁡。気付かないうちにナースコールを握っていて⁡しかも押しちゃって⁡、
「どうしました?」と来てくれたYシタさんに驚き⁡、更には自分の右手に握られているナースコールに驚き⁡
「わっ!」と投げ捨てたこと⁡。

⁡  翌日からも担当看護師さんだけでなく沢山の看護師さんが日々⁡、お世話をしてくださいました⁡。
「看護師さんて、凄いですね⁡。本当にありがとうございます」⁡
 結局Yシタさんには退院のときおめにかれなかったのでこの時⁡、お伝えできて良かったです⁡。

⁡  改めてベッドの頭に掛けられた⁡主治医や担当看護師のお名前が書かれた札を見ます⁡。
「あ・・・」⁡
⁡ 手術後、毎朝と毎夕⁡、主治医であるTナカ先生とは別で立ち寄って⁡、傷口チェックしたり様子を聞いてくれる先生がいらっしゃいました⁡。いっつも来てくれるなー、と何となく思っていたのですが札に担当医:イTオとあります⁡。 あの先生、担当医だったんだ!⁡
退院1日前にして気付くわたくし⁡。ごめん、イTオ先生⁡。親切な人なんだと、思ってた。

⁡  そう言えば手術当日朝⁡、輸血なんかの説明に来てくれたのイTオ先生でしたよね⁡。多分あのとき⁡、
「担当医のイTオです」て自己紹介してくださってますよね⁡。
聞いちゃぁいなかったよ⁡。

 主治医:Tナカ先生⁡
 執刀医:Tコロ先生⁡
 担当医:イTオ先生⁡
合わせて3T⁡ドクターズが、わたくしの先生だったのです。

⁡  で、Tナカ先生とイTオ先生の2Tと看護師Oニシさんで⁡退院前診察へ⁡。
「上原さんて、お仕事何されてるんですか?」唐突にTナカ先生(以下T)が問うてこられます⁡。
「自営業です」と、わたくし(以下A)⁡。
T「何作ってるんですか?」え?何で作ってる前提?といぶかしみながら⁡、
A「えっと、素敵なものです」⁡
2T&Oニシさんの笑い⁡。
T「お洋服ですか?」⁡
A「違います」そこへ被せぎみに⁡、
T「着てる服とか、自分で作ったのじゃないんですか?」⁡
A「市販のです」⁡
T「僕ねー、上原さんいっつもお洒落やから、デザイナーさんかな、て勝手に思ってたんです」⁡
A「えー、ちょっと嬉しいんですけどぉ」⁡
2T&Oニシさんの笑い⁡。
T「で、何作ってるかは教えてくれないんですか?」⁡
A「はい」⁡
2T&Oニシさんの笑い⁡。

⁡  と、いう会話をあの、診察台の上でカーテン越しに交わしたのでありました⁡。診察台が日常になってる・・・怖いわ⁡ と、病室に戻ってから気付く⁡。

⁡  このとき(もう、診察台から降り、パジャマ着てます)⁡、手術の少し詳しい様子を聞きました⁡。
「左に大きな筋腫があってそこを尿管がグイーンてなってて、」あと、忘れた⁡。メモを持っていかなかったから、忘れた⁡。
⁡ 事前に採っておいた自己血400mlを使いきり⁡、それで足りたことは覚えてます⁡。輸血すると今後一生献血が出来ないので⁡、自己血で完結して良かったです⁡。

⁡  この日初めて⁡出されたご飯を完食できました⁡。手術翌日は、食べるとお腹が圧迫されて軽い吐き気がしていたのですが⁡、その次の日から⁡、起こしたベッドに長座姿勢ではなく⁡、ベッドの高さを高くして⁡そこにちょん、と腰掛ける姿勢で食べるようにしてみました⁡。バーの椅子に腰掛けるような感じ⁡。 ⁡ すると圧迫がなくなり吐き気もしなくなりました⁡。今後、腹部の手術受けるときは⁡。ご参考まで⁡。




 この日の朝、傷を覆っていたワッフルみたいなフワフワした白い格子状の緩衝材が取り去られました。
 そこに現れたのは、細いテープで細かく留められた傷口。TOP画像がその図解です。まだ、傷の全容は見えません。傷は、残るそうです。
だったら、その傷痕を活かした刺青いれようかな、なんて思う。

 調子がグッと上がってきたので朝からサクサク動きます。といっても洗顔とか歯磨きとか、そういう日常行為。
歯ブラシを落としそうになり咄嗟にキャッチ。成功するものの、お腹と手でキャッチしてしまい、
「ボフッ」と声にならない声を上げる。
 よく映画で怪我したところ殴るけどアレ、マジでやっちゃ駄目。身をもって、知りました

 そんなこんなで一連の、朝の準備をしたら疲れてしまいました。調子良い、と思ったけれどまだまだ通常ではありません。

 さて、そんな術後3日目の昼食。お盆に乗っているメニュー票に”栗ご飯”とありました。栗好きなわたくし。
わーい、とお茶碗の蓋を取りました。
 そこには、今まで見たことない小ささに粉砕された栗がまぶされたご飯がありました。こんなの、栗ご飯じゃない!でも、もしかしたら食べたら美味しいのかも、と1口。
栗、の、味、が、し・な・い・ね
がっかりだよ。
他のメニューは、肉うどん(肉は小さくなかった。良かった。)と胡瓜酢の物。炭水化物祭りメニューでした。

 食べながら、はぁぁ、シャワー浴びたいなぁ、と思う。手術翌日から看護師さんに手伝って貰いながら温かい、でっかい厚手のお手拭きみたいなので身体を拭き、ドライシャンプーをするのだけれどやはり。物足りないしさっぱりしません。

   昼食後にいらした看護師さんに、
「明日はシャワーできますか?」と聞いたら
「ん?今日からできますよ。伝え忘れてますね」
わーい!(この日2回目の”わーい”)とシャワー予約シートを見に行くと17時30分からの1枠だけ、空いていました。ラッキー。

 ドキドキ30分のシャワータイム。ひょー、気持ちいー。満喫して出てくるとベッドには、お夕飯が用意されています。
旅館かよ、と、思ったのも束の間。シャワーて、滅茶苦茶エネルギー使うのですね。もうぐったりしてしまって ご飯もほぼ、食べられませんでした.
ショック.
朝といい、こんな日常のことも出来なくなっているんだ。





痛み止めを飲んでも尚⁡お腹痛し⁡。痛み止めは、6時間経過すると飲めるだけれど、就寝中でも目が覚めて、とにかく6時間毎に飲んでいました。退院まで。

⁡  お腹減って「ご飯だーっ!」と喜んでも食べ出すと⁡、腹痛と軽い吐き気であまり食べられません⁡。腰も痛い感じ⁡。裏側だもんね⁡。ただ⁡、食べると途端に体温が上昇するのが分かるのです⁡。汗ばみ、パジャマに羽織っているパーカーを脱ぐくらい⁡。エネルギーになってるぅ⁡。

⁡  そこへ⁡カレーの匂いが漂ってきました⁡。
幻匂(正しくは”幻臭”と書くようですが、なんか臭そうだからこちらの漢字で表記します)だろうか?⁡と思いましたがどうやら⁡、休憩室のレンジでどなたかが温めたようです⁡
⁡「食べたいなぁ」⁡
あんまり食べられない、とご飯を終えた後にも関わらず⁡そう思いました⁡。恐るべしカレー臭(あぁ、臭そうだが良い香り)⁡

⁡  カレーの匂いを遠くに感じながら、ペロリとパジャマをめくってお腹を見ます。傷口は、ワッフルみたいなフワフワした白い格子状の緩衝材に隠されはっきりは見えません⁡。しかし、お臍の上からお臍を避けて⁡、お腹の大分下まで切られているのが分かります⁡。格子の間から⁡。

⁡ まるでフック船長の左腕のようです⁡。
先っちょが欠けているけれど⁡。
⁡ お腹開けられたとこ、見たかったな⁡。癒着剥がしているとこも縫ってるとこも⁡、見たかったな⁡。なんか、次元は全く違うのだけれど⁡わたくしの仕事と微かに⁡、ほんの微かに通じるものを⁡、感じちゃう⁡。先生に言ったら⁡
「いや、一緒にしないでください」て言われることでしょうけれど⁡

 この日⁡
栄養を送る腕の点滴が外されました⁡。抗生物質を送る点滴は1日2回1時間ずつ⁡しなければなりませんが⁡、点滴コロリンを連れずに歩ける時間がたっぷりあります⁡。
自由!⁡
⁡ まだ⁡歩くときは前屈みになるけれど出来るだけ⁡、背筋を伸ばすようにして歩きます⁡。蛍光イエローの⁡アミアミの袋に入った麻酔の空容器を持ちながら。
 この空容器、何かというと脊椎の麻酔⁡。そうあの、術前に丸まって背中に入れた麻酔です⁡。既に朝、麻酔のお薬は無くなったのだけれど⁡管が通ったままなので、空の容器は持って歩かねばなりません⁡。
結構ジャマ⁡

⁡ 「後で先生に取って貰うよう頼んでおきますね」と看護師さんが仰ってくださったのですが結局⁡、取って貰えたのはこの日の消灯時間が過ぎてからでした⁡。その頃には愛着が湧いていて、外すことにちょっと寂しさを、覚える。

⁡ 見知らぬ先生が取ってくださったのですが⁡
「手術、大変だったそうですね~」て、噂になってるの?!と驚く⁡。
「血も一杯出たそうで。」⁡
「あたし、寝てたから知らない…」⁡呑気なものです⁡

⁡ そうそう、朝⁡
「どうですか~」とやってきたTナカ先生(以下T)が⁡
「事前検査で心エコーやったじゃないですか」と仰いました⁡。
「はい」とわたくし(以下A)⁡。
T「心臓て、4つの部屋に分かれていて壁があるんですけれど」⁡
A「はい」存じています⁡。
T「そこに穴が空いてるみたいなんです。」⁡
A「・・・」無言だが”ほぉ“と思う⁡。
T「なので入院中に検査します。」⁡
A「はい。」⁡

⁡ そう言えば心エコーしたとき先生が⁡、グリグリしてモニター見ながら⁡
「うん?」とか⁡
「んん?」とか、言ってた!⁡それでか、と納得⁡。

⁡  しかしてその後、あれは退院前日だったかしら⁡。
T「そうだ、心臓の検査するて言ってたじゃないですか?あれ⁡、緊急性がないそうなので、また退院してからおいおいということです」⁡
A「はーい」⁡ということになりました⁡。
心臓に穴⁡。
よくあるコトなのかな?知らんけど⁡。




 朝が来ました⁡。
まだ頭はぼーっとしています⁡。看護師さんが、テレビ台の引き出しにある金庫の鍵を持って来てくれました。そこに手術前、お財布やスマホ等、貴重品をしまったのです。
「スマホ出しましょうか?」と仰ってくださったのですが、出して貰ったところでとても、いじる気になれません。なので、
「いいです。」と言って鍵だけ、受け取りました。

 そんな午前中。さらに看護師さんが仰います⁡。
「歩いてみましょうか~」⁡
手術翌日から歩くことは⁡入院計画表を見て知っていましたが、にしても早い⁡。
⁡「まず、お手洗いまで行ってみましょう」⁡
「はい」⁡
お手洗いは4人部屋を出た廊下にあります⁡。

⁡  ゆっくりベッドから立ち上がり⁡点滴コロリンを左手に持って1歩⁡踏み出してみます⁡。 右手はベッドの柵を掴みながらどうにか3歩⁡、歩きました⁡。
⁡が、もうね、ふらっふらです⁡。
「うーん、お手洗いまで行けたらおしっこの管を抜いて、後は自力で行かなくてはならないんだけど、、、無理ですね!」⁡様子を見守っていた看護師さんに言われ⁡
「無理、です」⁡と答えるわたくし。⁡お手洗いまで多分、10数歩だったと思います⁡。
遠い・・・⁡
⁡ そして再びベッドに身体を預けます⁡。リクライニングで長座姿勢⁡をとります。お腹と腰が⁡、耐えられない!て程ではありませんが痛い⁡。

⁡  そこへ主治医のTナカ先生が元気に登場⁡。
「上原さん、大変でした!」⁡
そして手術の様子を話してくださいました⁡。

⁡  筋腫と内臓の癒着が激しく⁡、当初予定していた3時間を経過しても完了できなくて急遽、⁡Tナカ先生もオペに入ってくださったそうです⁡。
(主治医が執刀医でなくなったお話 こちら⁡※別ウインドが開きます)

⁡ 「いやぁ上原さん⁡、よく頑張りました!」⁡
「ありがとうございます」と答えたもののわたくしは⁡寝てただけ⁡。

⁡ 「じゃ、沢山歩いてくださいね!」と仰るTナカ先生に⁡、無言で頷くわたくしでしたが心の中では⁡颯爽と去った先生の残像に、無理だすー、と呟いていました⁡。

 その後、お昼ご飯が出ました⁡。入院した日から初めてのご飯です⁡。⁡そういえば手術当日の朝⁡、手術室まで歩いたとき⁡、前日からの絶食で空腹のあまり⁡ちょっとふわふわしていました⁡。
⁡ わたくしファスティングを数回経験しているのですがそのときは⁡そんな感覚はなく⁡。あの、酵素ジュースてのはパワーあるのだなぁなんて⁡思ったものです⁡。それからまた1日以上経っているのだからもっと⁡、お腹が減っているはずなのですが⁡あんまり空腹は感じません⁡。

⁡  でも、食べなきゃ元気になれないし、と⁡箸を付けます⁡。メニューは⁡、お粥・にゅうめん・豆腐の野菜あんかけ・きゅうりの酢の物⁡。結構、ある⁡。お粥だけだと思っていたのでビビる⁡。結果⁡、お粥とにゅうめんはなんとか完食⁡。お豆腐と酢の物はほとんど食べられませんでした⁡。普段わたくしは⁡、ご飯粒よりおかず派なのですが⁡、炭水化物を食したほうがエネルギーに⁡なる気がして⁡。
⁡ 不思議だったのは⁡、わたくし酢が苦手にもかかわらず酢の物が⁡美味しく感じられたこと⁡。
 残念だったのは⁡、わたくしお麩が好きなのですが⁡にゅうめんに入っていたお花柄のお麩が⁡不味かったこと⁡。

⁡  食事が終わると⁡
「ではまた、歩いてみましょうかー」と、看護師さん登場⁡。まずはベッド横に立ってみます⁡。
おや?⁡
そこから1歩踏み出します⁡。
おお?!⁡
更に数歩⁡。
「歩けます」⁡
 午前中とは見違えるように歩けます⁡。点滴コロリンと共に⁡。
⁡ もちろん⁡、めっちゃゆっくり⁡。お腹を伸ばすと痛いので前屈みではありますが⁡それでもお手洗いまで歩ける⁡。びっくり⁡。ご飯のお陰でしょうか?⁡

⁡  ということで、オシッコの管を抜いて貰います⁡。抜くとき気持ち悪いというのを⁡事前に、お友達から聞いていて⁡、看護師さんもそう仰います⁡。
「息をふーーーって吐いてくださいね⁡。抜きますよ⁡ー?はい、ふーーーっ」⁡
「ふーーーっ」⁡
おおぅ⁡

⁡  おおぅ、とは思ったものの事前情報のお陰でわたくしの⁡、旺盛な想像力がもっと激しく⁡気色悪いのを想像していたのでまぁ、大丈夫でした⁡。
⁡「管を入れるときのほうが、もっと気持ち悪かったんじゃないですか?」と看護師さんに聞かれたのですが⁡、そのときはもう落ちていたので無感覚⁡。
⁡ 晴れて歩けるようになったので⁡、歯を磨き洗顔しスッキリしたのでありました⁡。
それから、金庫の鍵を開けてスマホを取り出しチェックしてみたら家族から、大量のメールが。病院からは手術終了後に電話が行っているのですが、そりゃ本人から連絡ないと心配ですよね。悪い悪い、と返信しました。

⁡  そうそう、夜ご飯には⁡カレイの塩焼きなんか出てきちゃって⁡。塩気が最高に、美味しかったよ⁡。




退院後はほぼ毎朝⁡1時間程お散歩しています⁡。『コバッグ』に⁡水筒・スマホ・ウェットティッシュを入れて⁡。 お散歩途中に会える地域猫のブルーベルベットちゃん(勝手に命名)がいるので⁡、続けられています⁡。 ⁡[手術当日]⁡
 わたくしいつも眠りは深いのですが知らず知らず緊張しているのか⁡何度か夜、目覚めました⁡。目覚めたとて、すぐにまた眠れる位の小さな高ぶり⁡。

⁡  手術は9時からなので8時15分だったか20分だったか忘れましたがとにかく⁡8時台から、麻酔などの処置が始まります⁡。その前に⁡排便を済ませておかねばなりません⁡。入院前夜と初日は寝る前に、処方された⁡下剤を飲みます⁡。しかし、手術の朝に排便がありませんでした⁡。ない場合は浣腸です⁡。
⁡ 浣腸かぁ…⁡
わたくしの、うっすい記憶では小学生のとき1度して以来の浣腸⁡です。ま、久々の体験もいっか!⁡と思っていたのですが甘かった⁡。

⁡  看護師さんが浣腸をしてくれて⁡
「お薬だけ出ちゃうから、10分は我慢してくださいね」と笑顔で言われたのですがもう、された直後から便意との戦いが始まります。使い古された言葉ではありますが、絶対に負けられない試合がそこにはありました。
⁡3歩ずつ左右に歩きながら何とか⁡、気を逸らせようとするものの⁡
耐え難い時間⁡
過ぎない時間⁡
スマホのタイマーが2分を切ったとき”もう、無理”と早足で、しかも動きを抑えまくってトイレに⁡。多分、動く歩道のパントマイムみたいだったと思います。
スーーーッ

⁡  そうして無事、排便を終え暫くしたら⁡、看護師さんがお迎えに来てくださいました⁡。2人並んで手術室まで歩きます⁡。
「お部屋に入ったら、何の手術をするのか聞かれます。そしたら子宮摘出です、と答えてくださいね。」と言われました。前日に渡された用紙に書いてあった手術の正式名称『腹式単純子宮全摘術+両側卵管卵巣切除』。間にプラスまである、長ったらしいのが名前を言ってくださいと、言われなくて良かった。無理ですと、手術を諦めるところでした。

 手術室はアリの巣のように1つの入り口の中に沢山お部屋があるようなしつらえです。その、大元の入り口のところで小学生2年生くらいの男児がお母さんの足に抱きついて立っていました。周りに立ちただじっと、見守る看護師さんとお医者さん。
「男の子が、 泣いてる。」思わず声に出てしまいました。隣を歩く看護師さんが、何とも言いようのない相槌を打ちます。
「おばちゃんも、これから手術なの。一緒に行こ?」と、声をかけたくなるのを抑えます。見知らぬおばちゃんにいきなり声かけられたら、余計怖いわ。しかしその心の声が聞こえたかのように、我々に続いて男児は手術の巣の中へ入ってきました。男児の執刀医がニコニコと、彼を迎えます。さらにその奥に、わたくしの部屋がありました。

 まずは脊椎に麻酔をするそうです。
7年前も全身麻酔をしたけれどそのときは、脊椎麻酔はしなかったはず。なんならこの麻酔が手術そのものより怖かったわたくし。だって、超痛そうじゃん。
 ベッドに横になり、左側を下にして丸まるように指示を受けます。そうすると浮き出る背骨のとこに、なんかする、みたい。しかしわたくし、肩甲骨や背骨が見事に埋まっているのですよ。麻酔の先生が、
「もっと丸くなれますかー?」と仰るので限界まで丸くなります。そして、なんか、入って、来る、背中に。痛くはないのだけれど、どんどん管を挿入しているのか、圧迫される感じが気持ち悪い。
「う〜」と、わたくし。
「痛い?」わたくしの丸まりをホールドしている看護師さんが心配して聞いてくれます。
「痛くはないけれど、圧迫。」などと言っているうちに終わったようで再び、天井を見て寝転びます。
 そこへ、わたくしに向かって何か言いながら視界に入ってきたヒトが。どうやら、執刀医です。そう、昨日突如、主治医Tナカ先生から、執刀チェンジを告げられたTコロ先生のようです。昨日、多分1分程しかお顔見ていないから(なのに、股の奥を見られた。1分以上。そして今日、腹の中を見られる。)覚えていないけれど、きっとそう。
「よろしくお願いします。」とか言い、あと何かしたというかされたと思うのだけれど、もうここから覚えていません。7年前は腕に麻酔の針を刺して、
「声に出して数を数えてくださーい。」と言われて数えたと、記憶しているのだけれど今回は、少なくとも数は数えませんでした。

 そして、起こされる。
「上原さーん、終わりましたよー。」その瞬間、脳内に流れる
♪にゃー にゃららら〜ん
という音楽。きっかり前奏からの、ザ・リーサルウエポンズの『シューティングスターレディオ』 feat.宇多丸、スーパー・ササダンゴ・マシン
「ありがとうございます」と言いながら、お、ノリノリだな。これは大丈夫だな、と感じました。
でまた気付くと病室に運ばれたところ。ベッドを押す看護師さんが
「あ、可愛いポーチがあるー。」と仰ったこと、覚えています。そこから看護師さんが甲斐甲斐しくお世話をしてくださります。
「大丈夫ですかー?」とか聞いてくれるのだけれど、喉の麻酔の管をとったばかりで声が出ません。痛いし。そして、歯がガチガチ、言う。寒い感覚はないのだけれど、 身体に力が入ってしまい、歯のガチガチが止まりません。出ない声でそれを、看護師さんに伝えます。
「電気毛布しますね。」と用意してくれたら、暖かくて気持ち良い。やはり寒いようでした。で、歯をガチガチ言わせていると、お口のマスク(酸素マスク?)の緑色の紐が凄い高速でピヨピヨピヨピヨと上下するのです。
(うわー、めっちゃ震えてる〜)と、冷静に観察する自分もいたり。

 前回の全身麻酔では、吐き気に襲われました。わたくし吐くのがとっても苦手。お酒を飲みすぎて気持ち悪くなったときでも、必死で吐くのを我慢します。するとね、知ってます?下から出るのですよ。しかし麻酔の吐き気は我慢できず、ちょっとだけ、前回は吐いちゃった。今回は、吐き気はほんとに軽くあっただけで、ただ、震えて眠っていました。

 ふと、何時だろう?と、持ってきた、表示の大きなデジタル時計を見ます。これは、入院前の説明で看護師さんが 「表示の大きな時計を持ってくると良いですよ。スマホの操作もできないので。」とのアドバイスに従ったのです。が、ベッド横のテレビ台に置いた時計を見やると、丁度「時」の数字の部分にベッドの柵が被さって、見えない。何時45分なんだよ〜〜〜、暗いけど〜〜〜。ちょっと頭の位置を動かせば見えるのだろうけれど、それすら億劫。

  けれど数時間おきに寝返りを打たねばならないようで朝まで、看護師さんが何度も寝返りのお手伝いをしにいらして背中にまくらを当ててくれて。血圧とか測ってくれて。頭が痛い、と出ない声で訴えたらアイスノン持って来てくれて。そうしていつしか、朝を迎えました。この日から、歩くのです。マジで?




 この日は朝から絶食。実は、昼12時以降絶食で良かったのに、聞き忘れていて勝手に朝から絶食。10時半に入院しました。出張と同じような荷物を解きながら、各種検査をこなしていきます。

 血圧・血液検査・口腔外科・麻酔科・心エコー・レンドゲン・内診

 心エコーが、ゼリー塗って棒みたいなので心臓の辺りをグリグリグリグリする検査なのですが、これが痛いやらくすぐったいやら。とにかく早く、終わってくれー、と笑いを堪えながら願っていました。

 内診の前に主治医のTなか先生が、
「上原さん、実はねぇ・・・」と現れました。
「何ですか?」
「ちょっと、外で話しましょう。」思わせぶりやなぁ。4人部屋から出て廊下で話すわたくし達。
「実は、明日僕、上原さんの手術担当出来なくなって。」と、Tなか先生(以下T)。
「はい・・・」と、わたくし(以下A).
T「緊急手術が入ってしまって。重症の。いや、上原さんも重症なんですけれどね。」
A「はい・・・」別に、重症自慢は要らない。そしてどうやら、その緊急手術の患者さんは、わたくしの隣のベッドのヒトだった模様。部屋を出たのはその為、ですね。
T「代わりにTころ先生が執刀します。」
A「はい・・・」誰。
T「この後、一緒に内診しますので。」
A「はい・・・分かりました。」

   この病院に通い始めて8年位。先生は度々代わり、数えてみたら、初対面で執刀するTころ先生は7人目です。そのことをTなか先生に伝えながら、
「ラッキーセブンですね。」なんて言ってみたりする。そもそも、Tなか先生も代わりたてで、確かその前の診察で2回しか会っていません。押しが強くて人懐っこい感じなのでわたくしも、構えず接していますがもともとが付き合い浅い間柄。そして先生が変わっても、技術ガタ落ち!とかはないだろうと。そもそも、先生達の力量、分からんし。
 あ、何の手術をするのか触れていませんでしたね。複式単純子宮全摘術+両側卵管卵巣切除。お腹を掻っ捌いて子宮とそこに取り付いた大きな筋腫、そして卵管と卵巣もとってしまう、という手術です。

 そんなこんなで、内診を終えると消灯まで結構、ヒマです。次いつ腹筋できるか分からないので、ゆっくりストレッチや腹筋をしました。そうそう、間にシャワーがあったのですが、30分で区切られていて、かなり焦りました。暫くシャワーは出来ないから、ほんとはゆっくりしたいけれど、何せ30分。扉を閉めて服を脱ぐところから、全身を洗い、ヘアキャッチャーの掃除、パジャマを着て扉を開け放つまでを30分。無事に規程時間内にこなしました。こうして、入院初日は終わりました。

 ところで、病院では21時消灯6時起床。入院前は0〜2時就寝7時半〜8時半起床という生活。寝つきは良いので21時就寝は問題ないだろうけれど、6時起床は不安だったのですが、毎日起きられました。退院して1週間経つ今も、さすがに21時就寝は出来ませんが、早寝早起き出来てます。このままで、ありたい。




 日吉大社へ方除け祈願に行きました。⁡

受付で⁡
「お引っ越しですか?」と聞かれたので⁡
「入院して手術するのですが病院の方角が悪いそうなので。」と答えると、⁡
「ふっ・・・」⁡
え、笑った?今、鼻で笑いましたよね?お主、呪われるが良い。とまでは思いませんでしたが、少々嫌な気持ちに。⁡

 しかしてこの「ふっ・・・」氏が、ご祈祷してくださるヒトでありました。お前がかーっ、と思ったの事実。⁡

   ご祈祷が始まると、初体験故興味津々(スゲい。漢字ばかり)。わたくし、七五三も、関西ならでは?の十三詣りも未経験ですの。ところでこの文章、下書きを手書きで行ったのですが、「詣り」という字を書く気満々で「脂り」と書いてしまいました。脳内ではマーチンが🎵違う違う、そうじゃ、そうじゃなぁい と歌いました。⁡

   話は戻りまして。⁡
初祝詞・初ぴらぴら&鈴しゃんしゃん・初玉串拝礼。⁡
玉串拝礼は、やり方をYouTubeで予習して挑んだのですが、玉串を、⁡
「では、茎を向こう側に向けて台に置いてください。」とだけ言われ、渡されました。え?ほないつお願いゴトするん?と、戸惑いましたが、せっかく覚えたつもりになっていた手の運びをすっ飛ばして玉串を置き、二拝二拍手一拝をして下がりました。⁡
  そして結局、お願いタイムは現れず。⁡
  儀式中は、宮司や巫女の動きを注視し、頭を下げてしゃんしゃんされている間は”しゃんしゃんされている自分”を噛みしめていたわたくし。そう、ご祈祷中はほぼ全く、願っていなかったよ。ただ、参道上ってくる間、何度も、⁡
「手術が無事に終わって、術後の経過も良好で、満ち満ちた人生を送れますように」と思っていたので伝わっている、と、思いたい。⁡

   ところで、祝詞て番地もフルネームも、ハッキリクッキリ声張って仰るのですね。プライバシーッ、なーい。⁡

     最後にお土産、ではなく徹下授与。渡された紙袋には、お札と一緒にそばぼうろが入っていました。どのタイミングで頂こうかしら?入院してからは手術翌日まで絶食だから、家を出る前に家族と頂こうかしら?そして余りを退院してから頂こうかしらね。⁡

   ご祈祷を終えてから、山を歩きました。『ぶらがバ』の写真を撮り、息を深く吸っていたら、気分が平らかになって行きます。そして、ふと「ふっ・・・」氏を思い出し、返事がああいう風なヒトなんだわ、きっと。と、思いました。自然、ありがとう。さすが比叡山。そして、自然の中の『ぶらがバ』。何だか神々しいわ。⁡

   自然と言えばこの日、家を出てから神社最寄り駅に着く前までは、青空に美しく白雲が浮かぶ秋らしい空で、暑くもなく寒くもなく、だったのですが、電車を降りると小雨が振っているではありませんか。参道を上って行く途中、結構な雨量に。そして、ご祈祷が終わると、晴れました。⁡
   よく、直前まで大雨だったのに、行事やイベントが始まると晴れ間が広がった、という話を聞きますが、逆パターン。ただわたくし、あの木立のなか雨に包まれる感じは大変気持ち良かったのです。それはそれで、護られてると思いました。しっとりと。⁡
「あぁ、許されてる、わたくし・・・」

 そうそう。ご祈祷中は『ぶらがバ』を、お膝に乗せていました。もちろん、神様のほうを向けて。一緒にしゃんしゃんされたのよ。入院にも、お付き合いしてもらいました。