おでかけ」カテゴリーアーカイブ

「ロングショット」←ラブコメ
 「マリッジストーリ」←離婚の話
この2本を続けて観ました。

 『ロングショット』
 男女の役割が入れ替わったラブコメと、言われている映画。シャーロット役のシャーリーズ・セロン、綺麗だわ〜。髪が伸びたのみならず、腕まで再生されている(マッドマックス 怒りのデス・ロード)。どちらとも、なくてもあっても格好良いです。そんな彼女、次期大統領候補です。あんな才色兼備が大統領になったら、良いよねぇ。そして、恋のお相手のフレッドはヒゲモシャモシャのもっさり失業男。最後におヒゲ剃って、スッキリ爽やか男性になるのかと思いきや、最後までモシャモシャでした。役割入れ替わっていなければ、女性は超別嬪になりそうなトコロですが。

   シャーロットは、仕事しながらちょこちょこワークアウトーー小さなダンベル持って二の腕に効くヤツとかーーをしているのが気になりました。ジムへ行くような時間も取れないのでしょう。お風呂場の冷たい床で寝ちゃうくらい、毎日疲れ切っている。でも美しくあらねばならない。政治家だから、スピーチでは政策を推進しながら、笑いも取らなきゃならない。もう大変だよ。頑張っているのに、政治のしがらみで3つ掲げている方針のうち2つを取り下げなければならない事態に追い込まれるのだけれど、それがまあ卑劣というか犯罪でしょ?なやり方で取り下げさせようとするのです。そしてそのネタ自体のヒドさ・・・。
 あの映像を公開されても貫いた政策、というかあの映像のせいでシャーロットの真髄である政策が骨抜きにならんで良かったよ。

 『マリッジストーリー』
 女優で妻のニコールと、舞台監督で夫のチャーリーの、離婚物語。ニコール役のスカーレット・ヨハンソンはわたくし、アベンジャーズの最後のヤツのときの髪型が好きよ。チャーリー役のアダム・ドライバーは、顔の造作がいちいち印象深く、特に鼻から下すんごい見ちゃう。
 ニコールが、母と姉妹の3人で、歌い踊るシーンが可愛かったです。そのシーンよりずっと前、チャーリーが酒場で急に歌い出した時は、いきなりミュージカル映画に変化?と驚きましたが、歌が上手くてそれもビックリ。
 2人共、お互いの才能は認め合っているけれど、ニコールは自分が夫に比べ霞んでいるように感じているよう。いくら自分が良い演技をしても、全て夫に持っていかれる、やるせなさ。結婚で、映画女優から舞台女優に転身&ロスからニューヨークへ引っ越ししたのも、しこり。
 ニューヨークとロスの地域の違いとか、アメリカの離婚作法とか、わたくしは全く分かりませんがとにかく、離婚て面倒だな、と思いました。実技としても感情としても。チャーリーのところに来た観察のヒトとか、ね。
 最後、最初のシーンでニコールが読むことを拒否した、チャーリーの良いところメモが、子供と当のチャーリーに音読されるのだけれど、それを後ろから眺めるニコールの表情が優しかったぁ。そういう時期になれたのだな、良かったねぇと思いました。

 ラブコメの後に離婚の話て、気持ち暗くなるかなぁ、と思ったけれど、あのニコールの優しい表情で、そんなコトにはなりませんでした。
 それより。
 シンデレララブコメて、あんまり合うのがないような気がします。わたくしに。その後、がどうなるのかが気になるからなのか?ハッピーの絶頂で映画が終わると、
「でもさ実際、アレとかアレとかどうなるん?」て、思ってしまいます。ラブコメでも、去年公開だった「クレイジー・リッチ」は、面白くて泣けて、良かったなぁ、と観終えたのですがそれでも、
「でも、やっぱり周りのカネモチは意地悪やん?きっと。そんなんでやってけるん?そいでもって、どっちで暮らすん?」とか考えましたもの。ロングショットだと、記者をやっていたのに純粋な心意気を持ったロバートが、政治の世界でやっていけるのか、心配です。もう、ヤーーーッ!てなりそう。




たった1刺しで治るとは
ズレてたのは、骨でしょう?色々不思議過ぎます
先生、ありがとう

子宮筋腫の次回内診は2月下旬
針を始めたのは去年6月
8月の内診ではその半年前より大きくなっていた筋腫
2月では小さくなっているコトを願うばかり




 日本にもお店ができましたが台湾のオシャレ書店といえば、誠品書店です。台北には沢山あり、本だけでなく生活雑貨・服飾雑貨・食品・カフェと、幅広い商品を取り扱っています。滞在中、数店舗の誠品に行きました。

 中山にある生活南西店の中に入っている神農生活×食習ではお茶をしました。ホントは定食が食べたかったのですが、お腹が減ってなかったのですよ。とても残念。
で、お茶。沢山揃っているお茶の中から気になったのは、ミルクの香りがするお茶。頼んでみました。口に含むとほんとに鼻孔に広がるミルクの甘いかほり。
「これは、美味しいなぁ」思わず呟き、買って帰ろうと決めました。カフェの隣が物販なのです。
 そこで、お会計のとき、
「このお茶は隣に売っていますか」と尋ねてみました。返ってきた答えは、
「あります」
オンリー、あります。案内は、ない模様です。場所はどこか聞いたら良かったのですがタイミングを逃しました。時間はあります。お茶の名前はメモったので自力で探そう、と思ったのですが。
 ワカラン。何種類かあって、どのメーカーのモノなのか、ワカラン。と、いうことで、お手頃価格+パッケージが気に入ったものを持ち帰ることに。
その名は奶香金萱茶、です
 帰国して、ウキウキと用意して飲むと。
しない。
ミルクのかほり、しない・・・
しかし、美味しい。
美味しいが、ミルクらない。
 入れ方が悪いのか、お手頃価格のせいなのか。やっぱり、勇気を出して場所を聞くべきだったなぁ、と思いつつ、それはそれで美味しいお茶を、楽しんでいる次第、だったのですが。
 この記事を書くにあたり調べたら、入れる温度と時間によって、ミルクのかほりはしないそうなの!なんでも、温度が低く時間が長すぎるとダメなのだとか。わたくしは、沸騰したお湯を使用していましたが、ティーバッグは入れっぱなしにして飲んでおりました。次回は時間通り3〜5分で取り出して飲んでみます。さて、どうかな、どうかな?




「救いがないよね」
劇場を出るとき聞こえてきた声に振り向いて、 「ほんとだよね」と思わず返事したくなりました。
 ここのところ、貧困映画が多いと聞いていますが、これもそのひとつ。万引き家族も救いがない、どころか救いを奪う映画であったけれど、この「家族を想うとき」は、底かと思いきやまだ、沈む。そして沈むところで、終わる。辛いです。そしてそれは決してヒトゴトではありません。わたくしには。

 仕事を失う→家を失う→路頭に迷う=明日は我が身

 映画では、働いて働いて働いて、家族の時間が仕事に侵食されていきます。家族のためにこんなにも働いているのに、その家族に会えないなんて。心が繋がらないなんて。誰も悪くないのに、誰もが傷ついているのです。
 
 そんな中にある、幸せな時間。
 娘と一緒にする配達や、家族4人で賑やかにテイクアウトのインド料理を囲む食卓。
 そこへ訪問介護を生業にしているお母さんにかかってきた介護要請の電話。こんなに楽しそうだったのにお母さんだけ、タクシー呼んで仕事に行かなくちゃならんのかと思ったら、反抗的だった息子の提案で、皆で歌を歌いながらお父さんの仕事のバンでお母さんを送っていくことにする、その車内。楽しさ全開のシーンです。あぁ、ちょっとは家族の関係も良くなっていくのかな?と思いきや、甘かった。

 ブラックでなく働いて正当に稼ぎ、愛する人・大切な人、好きな物事、に時間を使いたい。ちゃんと、生きるコトを幸せに感じたい。それがかくも困難になっている社会て、どうしたら良いのでしょう?お金て、あるところにはどんどん回ってくるのに、ないところにはどうしたって、きません。貧困からは抜けられないのでしょうか?なんでこんなに格差があるのでしょうか?
 お金があれば幸せ、ではありません。でも、幸せな生活にはやはり、お金が必要なのです。やんなっちゃう、本当に。




2020年、初劇場鑑賞は映画「失くした体」
フランスのアニメーション映画です。
主人公は、手

青年ナウウェル。
手の物語とナウウェルの物語です。

 とにかく。
手だけなのに、とても偉いのです。
 わたくしは全身をもってしてもまず、あの部屋から出られないし、ビルから落下するし、ネズミに喰われるし、犬に捕まるし、溺れるし、車に跳ねられる。そんな大冒険をする手を、応援しちゃうのですよ。「死んじゃうよー」なんて、ハラハラするのですよ。そしてある時、平行して進んでいた、なかなかなストーカー・ナウウェルと、あれ?あれあれ?と繋がります。繋がると、そこからドキドキで。
「あーもう、やめて。あーもう、とめて。ほら、あー、ニャーーーッッッ」て、なっちゃう。

 クレーンを目印に冒険していた手はやっと、目的地に辿り着くのですが、辿り着けない・・・。片想いのガブリエルに、角砂糖でイグルーを作って見つけて貰う場面と合わせて相当に切ないです。涙出ちゃう。手への感情移入凄い。

 ナウウェルの物語は最後、事故を録音したカセットに、自分の挑戦の一部始終を上書き録音しますして終わります。事故の記録を消去するのだけどそれは、事故を忘れるとか、無かったことにする為ではなく大きく踏み出す為だったと思うのです。文字通り。そして、成功した挑戦を聴いたガブリエルは小さく微笑むの。ナウウェルは大丈夫だと、確信したのでしょう。ナウウェルはきっと、他の場所で生きてく。でもそしたらさぁ。手は?体を失くした手はどうするの?でも、あんな大冒険をしてきた手だから、1人でも(?)強く賢く生きてくかな。ナウウェルもガブリエルも手も、強く。賢く。

 話は変わりますがガブリエルが装着していたヘッドホンの色がピンクとミントグリーンで好きな色の組み合わせ。
 イヤホンをしていると耳の穴が広がって、ひいては顔が大きくなる、と言われたと、イモトアヤコさんがラジオで言っていました。真偽の程は分かりませんがわたくしは、これ以上顔が大きくなっては困るので、イヤホンはしません宣言!を、ここで致します。

 わたくし、アニメーション映画が好きみたい。まだ大学生の頃観た「ファンタスティックプラネット」は観ながら”これは、わたくしの映画だ・・・”と、思いました。好きすぎて、あれ以来観ていません。

 一昨年観た映画で好きなのは「犬ヶ島」

 去年観た映画で好きなのは「スパイダーマン:バース」と続きます。今年はどんな映画に出会うのか、楽しみです。




 台湾に下界した際のおもひで日記です。 下界の様子は こちら
おもひでトイレ編はこちら

 朝食は、ホステルに付いていてそこのキッチンで注文・調理してくれるのですが、1日だけ斜め向かいの朝食屋さんのチケットが渡され、そこに食べに行くシステムでした。そのチケットには注文できるメニューが書いてあり、どうやらソレを指し示して注文できるようです。メニューは、繁体字に英語が併記されています。

   その日。
 行ってみると人は並んでいますがそんなに待つ感じでもなさそうです。男達が、ーーー若いのもいればおじーやんもいるーーー平べったいのやら丸いのやら焼いたり蒸したりして、女性が笑顔ひとつなく次々に注文を取っては用意し、渡していきます。スピーディー。前日から選んでいた熱いライスミルクと油條を持ち帰りで頼みました。下界会場である華山1914の裏手にある公園で食べようと。そしたら、ライスミルクがとっても美味しくて気に入ったわたくし。
 翌朝はホステルで朝食を頂いたものの、昨日とは別の朝食屋さんでライスミルクを注文。味が違うのね。前日のほうが好みだわ、ということで、その次の日はまたホステル近くの朝食屋へライスミルクを買いに行くことに。
 そこで思ったワケだ。
「温米漿」と、言いたい。ライスミルクではなく。Google翻訳で何度も「うぉん みーじゃん」と発音を確かめいざ、お店へ。頭の中ではずーーーーっと、うぉんみーじゃん。そしていよいよ、お姉さんが無表情にわたくしを見た、言う。
「うぉん みーじゃん」
「あぁ?」間髪入れず、力強く返すお姉さん。繰り返して注文する気力など木っ端。スゴスゴ店に掲げられたメニューの下に行き指し示すわたくし。そのメニュー表がTOP画像です。分かった、という風に頷いて用意する、そして手渡すお姉さん。
「シエシエ」は、ちゃんと言ったさ。

 さて。
次回の訪問ではわたくしの「うぉん みーじゃん」通じるだろうか?あるいは、「あぁ?」と言われても2回くらいはチャレンジするハートの強さが備わっているだろうか?自分に期待。




フツーのおじさんがフツーにマフィアで
 歩くついでみたく
 おじさんマフィアを殺す映画

 映画中、登場人物の名前が出るのだけれど名前と共に、殺され方が出るのよね。「台所で3発撃たれて死亡」て感じで。ほぼ全員が、数発撃たれて死にます。そして主人公フランクは、数発撃つ側です。1回使った銃はお決まりの川へ、橋の上から捨てます。自分とは利害関係のないヒトを、言われるがままに殺します。銃は使い回さないから足がつかない。殺し屋だけどゴルゴ13とは全く違います。もっとずっと、日常的。

 ラジオでライムスター宇多丸さんが、「Good Fellas」(以下G)を観てから観るように言っていたので従いました。Gでは、ちょっとしたことでキレていたジョー・ペシが、怒らず・殺さず・ただ指示を出すだけの、落ち着いたマフィアに成長していて感慨深かったです(Gではペシ、死んでます)。
 ペシからもホッファ(現実の名前と役名が入り混じる入り混じる)からも可愛がられていてもフランクはしかし、所詮マフィアになれないアイリッシュマン。駒でしかないのかなぁ。娘からも軽蔑され、でも家族を守るためにフランクはやっているつもりで。悲しい。

 もしも、もしもホッファから殺しを依頼されていたら。依頼まではされなくともペシのように殺すのを匂わされていたら、フランクはやっただろうか?・・・多分、やらんな。敵にするには大きすぎるし。ホッファさえ、諦めてくれていたら。ね、フランク。

 観終わって、いつものようにイラストを描こうとしたのだけれどなにせおじさんばっかの映画で正直描きたい要素が思い浮かびませんでした。おじさんは好きだけど、絵的に華ないし。でも、でも、でも!俳優ではなくマーティン・スコセッシの、アイリッシュマン記者会見写真を観たときそのあまりの可愛らしさに、
「んー、彼だな」と相成りました。
 前から、マーティン・スコセッシの名前を聞くと、大好きな漫画「動物のお医者さん」に出てくるスコシという名前の犬を思い出していました。単に音からの連想だったのですが、記者会見の写真はスコシの面影がチラつく感じ。はっきり覚えていませんがスコシは、ヨークシャテリアとかマルチーズとか、そんな白い子犬なのです。白髪の小さいスコセッシの子犬感ったらありません。ムツゴロウさんだったら絶対、
「よーしよしよしよし!」と言って身体中撫でくりまわすでしょう。想像では、スコセッシとムツゴロウさんは同じサイズで、白髪同士だから、子犬が2匹でじゃれあっている感じに見えるでしょうね。微笑ましい。

 そんな空想で微笑むのはヤメにして、と。

 トラック協会のトップに返り咲きたいホッファが事務所で部下達をどやしつけているとき、怒ったフランクは部屋を出て行き帰ろうとします。するとあんなに怒っていたホッファが機嫌を取りに来たり。最初は別々の部屋で、フランクはしかもソファで寝かさていたのにいつのまにか、同じ部屋のツインベッドで寝ていたり。ホッファはフランク大好きだったんだろうな。ところで、おじさんのパジャマ姿てなんか間が抜けていて可愛らしい。無防備すぎるからかしらね?お色気俳優陣は決して、パジャマ着て撮影はしないのではないでしょうか?知らんけど。
 話は戻って。
 撃たれたときでさえホッファは、フランクが撃ったとは思っていなかったのではなかろうか?そういえば、裁判所で撃たれたとき、撃たれたんだよね?ホッファ。←ココ、何言ってるの?と思われたヒトは映画観てね。ところで何となく、お気付きの方もいらっしゃるでしょうか?わたくしがホッファ・ホッファ、言ってることを。ホッファ、て言いたくなりません?全く力が入らない音ですよね、ホッファ。熱いモンをお口に入れちゃったときのような楽しげなリズム。それなのに(?)大統領の次に力を持つ男と言われていただなんて。

 あぁ、あと、レストランでペシとフランクがパンをほじくりながら食べていたのが汚くも好ましかったな。刑務所でもフランクがパンを持ち込んで2人で食べようとするのも愛らしかった。そうそう、ペシが刑務所で言っていた教会というのは何のコトなのですか?刑務所内に教会があるのかと思ったのだけれど、フランクも何のことか分かっていなかったし。何なのだろう、教会。
 この映画は、その長さも話題になっていますがわたくしは、気になりませんでした。同じく長軸のカジノも観ようと思っていますがこちらは家で。すると、アイリッシュマンより30分短いのに、途中で止めてトイレに行っちゃったりするんだよな。映画館での膀胱は、頑張るな。




シャイニングの続編、ということで、未見だったシャイニングをまず、観ました。幼い頃から怖いモンがとにかく嫌いだったわたくし。もちろんホラー映画なんか愚の骨頂、観る意味がワカラン、と、思っていました。が、2018年公開の「hereditary/継承」が怖い怖い、というのを聞いてなぜか立ち向かう気になり観てみたら、あれ、大丈夫じゃん!となりまして。映画館が満席で、人が沢山いるから怖くないのかしら?暗い帰り道とか、ひとりのお家とか、後悔で破裂しちゃうかしら?と危惧したものの、そんなこともなく。もしかしたらもう、ホラー超怖いフィルターが失くなったかデニールが軽くなったのかしたのかもしれない。歳をとるというのはそういうコトなのかしら?なんて思ったり。

 シャイニング。
 ホラー。

 面白く観られました。歳とったお陰で。お父さんのジャック・ニコルソンよりある意味、お母さんの佇まいのほうが怖かった。発声が空気感たっぷりで、普段のお喋りからして人間からちょっと離れた存在感をわたくしに与えるのよ。そして、旦那を恐れて叫び倒すお顔がコワい。顔が怖いといえば、前出「hereditary/継承」のお母さんのお顔もかなり怖かったです。お母さんのお顔がホラー。

   で、本題のドクタースリープ。そのお母さんが、同じテイストだけど美人になっていて、発声のair感も一緒な点に驚きました。そんな中、ホラーが大丈夫、なような気がするようになったわたくしですが、怖いの大好き!となった訳ではありません。あまり怖くないといいな、いいな、と思いながら観ておりました。なのですが。悪の集団トゥルー・ノットの餌食になったシャイニング達が”精気”を白い煙として口から出すのにまず、興ざめ。そして、強力なシャインを持つ少女アブラが白目を剥いた瞬間、またまた興ざめ。悪魔憑きとか能力者とか、白目剥きがち〜〜〜と、思っちゃって。アブラとダニーが揃って白目剥いたときは「まあ、オソロイで!」と、心の声が。
 トゥルー・ノットとの戦いは意外にあっけなく、でも、アブラのお父さんとか手伝わされたダニーのお友達もあんなことになっちゃって。とってもとってもとばっちりで可哀想よ。

 ところでトゥルー・ノットのドン・ローズは、マインドフルネスで空を飛び、アブラの頭の中に入るのだけれど、コレは真似しました。劇場で同じように呼吸を重ねて。しかし、わたくしは身もココロも劇場のまま。残念。マインドフルネスで、人の頭の中には入らんでいいけれど、色んなところに行けたらいいのに。そしたらどこでもドアいらずだね、ドラえもん。

 そして最後なぜか前作のホテルでの決戦になるのですが。
そこでシャイニングでグッとわたくしの心を掴んだホテルのカーペットが出てきてルンルン。お馴染みのホテル憑き悪霊達が出てきて祭。

 と・・・

 あれ?この記事は、映画を観終わってそこそこ経ってから書いているのですが結末がどうなったのか全く思い出せないゾ。トゥルー・ノットは壊滅しました。アブラは生きています。あれ?浴槽の女が出てきたっけ、最後?ダニーは死んだんだっけ?思い出すのはとにかく、わたくしの劇場体験史上最大に、お手洗いに立つ人の数が多かった、ということ。上映前にぐるっと場内を見回したとき、おじさんが多いな、と思いました。シャイニング世代かしら?と。お手洗い人が多かったのも、そのせいかしらね。
 わたくしは、シャイニングがめっちゃ好き!というのでは全くないのだけれど続けて観た感想としては、シャイニング好きな人はあんまり楽しめなかったのではないかなぁ、というものでした。別物、という感じがしたので。原作者のスティーブン・キングは、シャイニングを全否定し、ドクタースリープは絶賛しているのだとか。原作も読まなくちゃ!




音楽が出てくる映画が好きです。

 主人公アーカーシュは盲目のピアニスト。彼が恋に落ちて奏でる曲が、本当に楽しくてウキウキで弾みまくっていて、つられて見ているこちらもニコニコ。なんせ演奏する場所では恋のお相手が見守っているのですもの。そこは、恋するソフィーのパパが経営するレストラン。アーカーシュのピアノでダンスパーティーが開かれるのだけれどそりゃあ皆、踊っちゃうよね!
 一方、イロイロあって最後に弾く曲は切なくて美しくて。もう1度聴きたいなぁ、と思うのは、わたくしこちら。

 最後といえば、杖で缶をカーンと飛ばすシーン。ソフィーが
「シミーの角膜を貰っちゃえば良かったのに」と言ったコトに対する苛立ちが起こした行為かな、と思いました。あの、腎臓を売ろうとした悪徳医者と変わらんではないか、愛したヒトは!ていうやり場のないアーカーシュの気持ちを缶にぶつけたのね、と。目が見えなくても缶の存在を感じられるのだと信じて疑わなかったのだけれど、時間が経ってから、もしかしてアーカーシュの缶カーンは「目、見えてる?」ていう疑問を抱かせたかった?と、気付く。オソ。

 そういえば、今はすっかりやらなくなったけれど、ちょくちょく目が見えない設定で家の中を歩いていた時期がありました。アーカーシュのように、芸術センスを高めることが出来るのでは云々という考えでもなければ、特に、目に不具合があった訳でもありません。ただただ、目が見えなくなるかもしれないから慣れておかなければ、という使命感?からでした。目を瞑り、両腕を前に横にオロオロさせて進む、狭くて短い廊下。住み慣れた家でもまあ動けないことといったら。音楽のためにあんなコンタクトレンズを装着して生活しちゃうアーカーシュってば、なかなかだと思います。
 そんなわたくしですから当然、DIALOG IN THE DARKには興味あるのですがまだ、参加したことはありません。だいあろぐ いん ざ だーく?と思ったヒトは、各自調べるように。だってソロソロ、映画の話に戻りたいじゃない?

 この映画はインド映画です。同じくインド映画の「パッドマン」でも映画冒頭に「この映画ではなんら動物を苦しめていません」といった内容のアテンションが流れます。確かにどちらの映画も動物が、痛かったかも?!と思われる物事が起こっていて、その為だと思いますがわざわざ出すのはやはり、お国柄なのでしょうか?
「盲目のメロディ」ではうさちゃんに、痛いかも案件が降りかかった結果、アーカーシュが命拾いします。事件後ヨーロッパに渡った彼の杖の持つところがうさちゃんの頭を象っていて、感謝の印?なのか?いや、感謝というかなんというか、象徴なのかな。そうそう。白い杖は万国共通のモノだと思っていたけれど、ヨーロッパのアーカーシュの杖は黒かったのです。インドでは白杖だったのに。これも、お国柄?なの?

 アーカーシュとソファーは結ばれて欲しかったけど、それもまた人生。
 で、エンドロール。
アーカーシュよりシミーの名前が先に、つまり1番にクレジットされていたのも、また人生。




 台湾ではおトイレで使用した紙を、トイレに流しません。流せるトコロも結構ある–空港やデパート等–のですが、下水管が古いと流せないようです。どこに捨てるのかといえば、備え付けのゴミ箱に捨てます。日本の公共トイレの案内にも数ヵ国後で、トイレットペーパーは便器に流してね、という注意書がありますが、習慣でサニタリーボックスに捨てちゃうお国があるからか、と気付いたモノです。反対に、台湾に渡った直後は習慣で、トイレットペーパーを流してしまい「しまった!」と思うのですが。

 で、わたくしが泊まっていたホステルも、トイレットペーパーは流さないで派でした。そして、足でペダルを踏んだら”ガコッ”と蓋が起き上がるタイプのゴミ箱が各トイレ右手前方に備え付けてありました。拭いたら足を、右前方にほんの20cmほど出しペダルを踏んで蓋を開け、捨てる。
ただ。
 ただ、ホステルの中の1ヵ所、たまたま入ったその場所のトイレでは、何故か左後方に足踏みゴミ箱が備え付けてあったのです。思わず、
「どのように!!」とトイレットペーパーを手に叫びました。心のやらかいトコで。
どのように致したかは、想像なさいませんように。